愛せる人の条件を問う HiHiJetsの哲学より

愛せる人の条件を問う HiHiJetsの哲学より
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Aichi Sky Expoで最終公演を迎えたHiHi Jetsのライブツアー「BINGO」

まさにその最終公演に行ってきました。

私のファン歴とかここに来るまでの経緯はここでは語らないものとして、私は長年愛してきた“HiHi Jets“という“問題児たち“をなぜ今まで愛することができて、そしてこれからも愛するのだろうという予感をなぜ感じられているのか。その辺りの話をしてみようと思う。

今回のライブは事務所のスキャンダルの渦中でスタートした。

メンバーが「今日まで無事に公演ができた」という言葉の重みが異質だったことが強く印象に残っている。

ライブの中でメンバーの中の猪狩蒼弥くんが「守るものがたくさんできた」と言葉にした。

事務所のことだったり、メンバーのことだったり、ファンのH・A・Fのことだったり。

グループの活動が大きくなるほどに守りたいものはたくさん手の中に降り積もってたのだろう。

でも彼はこう言い切った。

「それでも、攻め続けなきゃ」

HiHi Jetsというグループはいつだって“最速で““攻め続ける“がモットーなグループだと思う。

実際、花道をローラースケートで駆け抜けてく彼らの疾走感は彼らのキャリアとしての快進撃の象徴のように感じる。

最速でコンサート会場を走る彼らの横顔に、いつだって「俺らについて来いよ」と言わんばかりの挑発を感じるのだ。

YouTubeの企画でも「ダメと言われなかったのでやりました」という“攻め“の姿勢を随所に感じる。

守りたいものはたくさんある。でも、そこで臆病になって挑戦しなくなったら俺たちらしくない。

私も結婚して、守りたい家族がいて、守りたい日常ができた。

けれど、私も彼らのように攻め続けて生きていけるだろか。

そんなじりじりと焼きこがれるような羨望を、彼らに向けていた。

アイドルという仕事は「愛されること」を仕事としているのだと私は考えている。

ファンに愛され、共演者に愛され、スタッフに愛され、スポンサーに愛され。

その愛を一身に受け止めて返していくのが仕事だ。

「みんな愛してくれてありがとう。絶対幸せにするからな」

こんな愛の循環を経済のように回して利益を得ている仕事、なのかもしれない。

ではなぜ私はHiHi Jetsを愛しているのか。

ひとつは先述した憧れる生き様であるが、本質はそこではないと考えている。

猪狩蒼弥くんは「俺が何しててもみんな可愛いって言ってくれるんだもん」とぶりっこをして歓声を集めていた。

答えはここにある。

HiHi Jetsは何をしても“可愛い”んだ。

アイドルスマイルも、おふざけも、真面目な顔も、泣き顔も、全部可愛い。

会場で花火大会をしても、宿泊先を抜け出しても、メンバーを脱がせても、哺乳瓶でいちごミルクを飲んでも、可愛い。

言い換えると「彼らは可愛いと思えないことを絶対にしない」のだ。

ファンや関係者から見て「これは許せないな」とか「失望した」みたいなことを絶対にやらない。

そう信じさせてくれる「人柄」と「信用」があるから私は彼らを愛することができる。

愛しても裏切られることはないだろうと安心できるから「推し」になり得るのだと思う。

どんなに攻めの姿勢を貫いても私を失望させることはおそらくきっとない。

だから安心して愛せる。

愛される人の条件は「この人を愛しても大丈夫そう」という“信用”を勝ち取ることなのだろう。

取り止めのない文章だけれど、そんなことを考えたライブでした。

最後に、最高の時間をありがとうございました。

私もあなたたちのように生きていたいよ。